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2015年5月

2015年5月24日 (日)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラvsビオランテ』④(大阪ビジネスパーク周辺)

前回につづいて『ゴジラvsビオランテ』から、大阪ビジネスパーク(OBP)周辺のロケ地をご紹介していきます。一気にいきます!

◆新鴫野橋
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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ホテルニューオータニ大阪」(右)上空から「OBPキャッスルタワー」(左)の背後へ移動するスーパーX2。

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本作でモブシーンが撮影された「新鴫野橋」からのアングルが近いです。【A】

◆大阪城新橋①
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中之島方面から大阪ビジネスパークへ進むゴジラ。【B】

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手前は「大阪水上バス」の乗り場になっています。若干、シャッターチャンスを逃してしまいました…。

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本編は、東宝砧撮影所の第2スタジオに作られたミニチュアセットなので、同じようなアングルで撮るのは難しいです。

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大阪城新橋」のミニチュアは、遠近感を強調するために極端なパースが付けられていたそうです。近代映画社の『スクリーン特編版 ゴジラvsビオランテ特集号』(1990年1月10日発行)に、その写真が掲載されています。 このカットは照明効果も素晴らしいです。

◆極楽橋付近
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権藤らを乗せた自衛隊のヘリコプターが、「大阪城ホール」付近に着陸するシーン。アングル的には極楽橋付近の石垣からの眺めが近いです。ただ、本編はホールの屋根ごしに撮られていますが、現地で屋根は見えません。実際はもう少し右手にあります。映画ではわかりやすく表現するために、ときにセットの位置を微妙に変えたり、大きさを強調して撮るんですね。【C】

◆大阪城新橋②
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大阪ビジネスパークへ向かう権藤ら自衛隊の砲撃隊員。DVDのオーディオコメンタリーによれば、撮影は早朝に行われたとのこと。【B】

◆城見1交差点付近
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TWIN21」(左)に迫るゴジラ。ちなみに左側は「松下IMPビル」(1990年3月竣工)で、中央は「クリスタルタワー」(1990年8月竣工)です。いずれも、映画公開当時はまだ建設中でした。【D】

◆クリスタルタワー
『モスラ3 キングギドラ来襲』(1998)より
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完成した「クリスタルタワー」の上空は、キングギドラが通過しました。【E】

◆読売テレビ本社ビル・大阪東京海上日動ビルディング
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キングギドラは、そのまま「読売テレビ本社ビル」(左)と「大阪東京海上日動ビルディング」(右)の上空をかすめ、名古屋方面へ移動します。【F】

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実際はこの位置から撮影されていると思います。先の現地写真は、引きが足りなかったので、付近の駐車場から撮影しました。

◆TWIN21①
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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さて、ANB弾を抱えて「TWIN21」前にやってきた権藤と砲撃隊員たち。【G】

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迫るゴジラを睨む権藤(演:峰岸徹)。実際のゴジラは左側にいるのですが…。

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4つのビルに別れていく権藤たち4人。4つのビルとは、先の「松下IMPビル」と建設中だった「クリスタルタワー」。そして、この双子の「TWIN21」です。

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「TWIN21」に乗り込む権藤。彼が向かったのは右手の、パナソニックグループ関連企業が入居する「OBPパナソニックタワー」です。

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1階のアトリウムでは、イベントがよく行われています。関西では、24時間テレビ『愛は地球を救う』で、読売テレビの募金会場としてもお馴染みの場所です。

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ゴジラが映し出されているのはパナソニック(旧松下電器)製の大型映像装置「アストロビジョン」です。

『ウルトラマンダイナ』第35話「滅びの微笑(前編)」(1998)より
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ここで再び脱線して『ウルトラマンダイナ』より。「滅びの微笑(前・後編)」に登場する、「コスモネット」を共同開発した大阪のPWI中央研究所は、「TWIN21」で撮影されました。

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撮影に使用された1階のパナソニックのショールームは、2013年に開業した「グランフロント大阪」に移転し、現在は閉鎖されています。

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元GUTS隊員のホリイが、PWI中央研究所へ向かうシーン。前回紹介した新鴫野橋のカットの続きです。ホリイの車は、「大阪ビジネスパーク円形ホール(旧MIDシアター)」の駐車場に入っていきます。

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同じ場所から「TWIN21」を見上げたのがこちら。木々がかなり成長しており、視界を遮ります。「TWIN21」は、1986年に竣工。高さ157m、地上38階、地下1階建ての双子ビルですが、名称はそれぞれ異なります。左側が『ゴジラvsビオランテ』で権藤が乗り込んだ「OBPパナソニックタワー」、右側が「MIDタワー」です。

『ウルトラマンダイナ』第35話「滅びの微笑(前編)」(1998)より
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アスカ(演:つるの剛士)に語りかける元GUTS隊員のシンジョウ(演:影丸茂樹)。「滅びの微笑(前・後編)」は、大阪ロケの前・後編というだけでなく、前作『ウルトラマンティガ』のレギュラー陣も出演する豪華版でした。現在は、「ホテルモントレ ラ・スール大阪」が入る「マルイトOBPビル」(2005年竣工)が奥に見えます。

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看板にある「MIDシアター」は、現在「大阪ビジネスパーク円形ホール」という名称に変わっています。

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私事で恐縮ですが、この番組が放映される2年前に、ここで開かれた新卒合同企業説明会に参加して現職の会社に入りました(^_^;)

◆寝屋川・第二寝屋川合流地点
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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閑話休題。寝屋川に沿ってスーパーX2の方へと歩み寄るゴジラ。UCCの看板は実在します。【H】

◆大阪城京橋プロムナード
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ありったけのミサイルとバルカン砲の攻撃を受けるゴジラ。【I】

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京橋駅と大阪ビジネスパークを結ぶ「大阪城京橋プロムナード」からの眺めが、ちょうどスーパーX2の視点に近いです。

◆片町2丁目付近
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スーパーX2がかわしたゴジラの放射熱線によって被害を受けた地域は……

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2015年5月17日 (日)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラvsビオランテ』③(大阪城・中之島周辺)

『ゴジラvsビオランテ』から、前回に続いて今回も大阪のロケ地をご紹介していきます。今回は、大阪城・中之島周辺です。

◆大阪城・大阪城ホール
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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大阪港にゴジラが出現した直後、斉藤由貴のヒット曲『夢の中へ』のイントロとともに登場する「大阪城天守閣」。『夢の中へ』は、もともと1973年に井上陽水が発表したヒット曲で、映画で使用された斉藤由貴のカバー盤は、『ゴジラvsビオランテ』の公開と同じ1989年4月21日にリリースされています。当時は、NECのパソコンのCMソングとしても耳馴染みでした。

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続いてカメラは左へパンして隣接する「大阪城ホール」へ。現在は木々が成長していてホールが隠れてしまっています。

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撮影ポイントは、大阪城公園と大阪ビジネスパークを結ぶ「新鴫野橋」付近からと思われます。【A】

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斉藤由貴と思われる女性歌手がコンサートを中止し、観客に避難を呼びかけるシーン。

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この名称石碑は「大阪城ホール」の南玄関前にあります。【B】
「大阪城ホール」は、公式サイトによると、「大阪築城400年まつり」のメインイベント会場として1983年に建設されたそうです。構造は楕円形のドーム式で、最大収容人数は16,000人です。


ところで、このシーンで斉藤由貴がノンクレジットで声だけの出演をしているのは、脚本・監督を務めた大森一樹監督が、同じ東宝で『恋する女たち』(1986)、『トットチャンネル』(1987)、『「さよなら」の女たち』(1987)と、3作にわたって斉藤由貴主演作を手掛けた縁からだと思われます。

『トットチャンネル』(1987)より
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なお、『トットチャンネル』はテレビ放送黎明期の昭和28年頃を舞台にした物語ということで、撮影中のゴジラがトラックで運ばれていくシーンがあります。


富山省吾プロデューサーの著書『ゴジラのマネジメント プロデューサーとスタッフ25人の証言』によると、大森監督は、『トットチャンネル』の製作時点ではすでに『ゴジラvsビオランテ』の脚本・監督として、田中友幸プロデューサーから抜擢されていたようです。

『「さよなら」の女たち』(1987)より
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また、同年の『「さよなら」の女たち』では、川北紘一特技監督がクライマックスで洋館が崩れるシーンの特撮を手掛けています。

『君は僕をスキになる』(1989)より
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さらに、『ゴジラvsビオランテ』と同年に公開された『君は僕をスキになる』では、アトラクション用の84ゴジラ(?)が、サンタクロースの格好をして斉藤由貴の前に登場するシーンがあります(ちなみに本作は、1984年版『ゴジラ』の橋本幸治監督が「協力製作」としてクレジットされています)。


この作品で監督デビューした渡邊孝好監督は、先の大森監督による斉藤由貴三部作で監督助手を務めていました。『ゴジラvsビオランテ』との関係性を考えると、ゴジラと斉藤由貴、大森監督と渡邊監督でお互いにエールを送りあっているようで興味深いです。

◆新鴫野橋
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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さて、再び本編に戻ります。人々が避難するシーンは、先の「新鴫野橋」で撮影されています。現在の橋は、映画公開前年の1988年に架け替えられたものです。【A】

『ウルトラマンダイナ』第35話「滅びの微笑(前編)」(1998)より
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ちょっと脱線して『ウルトラマンダイナ』より。元GUTS隊員のホリイが、「コスモネット」を共同開発する大阪のPWI中央研究所へ向かうシーンも新鴫野橋で撮影されています。実は、橋の向こう側は車両通行止めになっており、現実に即して考えるなら、ホリイの車は大阪城へ向かって橋を渡った後、Uターンして戻ってきたことになります。ただ、ホリイはTPC(地球平和連合)科学局の権限で通行できたのかもしれませんが…。

『ウルトラマンダイナ』第36話「滅びの微笑(後編)」(1998)より
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こちらは、後編でウルトラマンダイナが登場するシーン。これも新鴫野橋からのアングルです。

(2013年8月11日/2014年7月28日・8月23日撮影)

◆中之島周辺
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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中之島周辺のロケ地は、当ブログで以前に何度かご紹介していますので、今回は「大阪市中央公会堂」に迫るゴジラをフィギュアで再現してみました。本編で大阪港にゴジラが出現するのは日中でしたが、上陸は夜間でした。その間、ゴジラは自衛隊の通常兵器で足止めされていたのでしょうか?

「サラジア・オイル・コーポレーション」が入居するビル
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/09/post-d839.html

大阪市庁・淀屋橋(本編未使用)・中央公会堂
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/09/post-d52a.html

阪神高速破壊シーンの検証
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/10/post-f168.html

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こちらは、映画公開前の1989年11月28日の朝日新聞です。

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ゴジラによる被害状況が克明に記載されているのが興味深いですが、中央公会堂でのチャリティー試写会の広告記事となっています。私は残念ながら応募漏れでした(>_<)

◆大阪マーチャンダイズ・マートビル
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ゴジラの進路に合わせて中之島から大阪ビジネスパークへ移動する前に、天満橋の「大阪マーチャンダイズ・マートビル(通称:OMMビル)」にちょっと寄り道をします。【C】

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このビルの屋上から西側を望むと、先の中央公会堂をはじめ、ゴジラの進行ルートを一望できます。

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そして、反対の東側を望むと、大阪城や大阪ビジネスパークを一望できるのですが、眼下を見下ろすと……

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2015年5月 7日 (木)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラvsビオランテ』②(関西国際空港・大阪港周辺)

お久しぶりです。仕事が繁忙期に突入してしまい、ちょっと間が空いてしまいましたが、前回に続いて『ゴジラvsビオランテ』から、我が地元・大阪のロケ地をご紹介します。

◆関西国際空港
『ゴジラvsビオランテ』(1989)より
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ゴジラと三枝未希が精神感応戦を繰り広げた関西国際空港(以下、関空)。映画公開当時はまだ建設中で、開港は5年後の1994年9月4日。『ゴジラvsスペースゴジラ』が公開された年です。大阪空港行きの飛行機から撮影した現在の写真と比較してみました。

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ゴジラと向き合う三枝未希(演:小高恵美)。今度は国内線の搭乗口から泉佐野方面を撮影した写真と比較してみました。本編で未希の背後に立っている3本の旗のうち、一番左の旗の後方に見える塔のような建造物が「りんくうゲートタワービル」ではないかと思ったからです。

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ところが、調べてみると「りんくうゲートタワービル」の工事着工は1992年で、竣工は1996年でした。このアングルがちょうどゴジラ目線ではないかと期待したのですが、残念ながら違ったようです。では、ゴジラはどの方角から三枝未希を見ていたのでしょうか?

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再度本編を検証します。謎を解くカギは、空港島と建設基地の位置関係。そして、3本の旗です。とはいえ、本編からは周囲の風景がわかりにくい上、国土地理院の空中写真は1992年以降のものしかありません。しかも、515haの広大な人工島(一期島)の建設基地が、そもそもこの1か所だけなのかどうかも疑問です。

そんな折、関空の建設に携わった企業のサイトを調べていると、「海洋工業株式会社」のWebサイトに建設基地が写っている写真を見つけました。

「動圧密工法」施工写真
http://www.kaiyo-mec.co.jp/dcm/dcm04.htm ※現在は公開されていません

この写真は、奥に関空連絡橋が写っていることから、建設基地の西側から撮影されていることがわかります。特筆すべきは、空港島の三角に突き出た部分が写っている点です。これは、本編での空港島と建設基地の位置関係と一致します。

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空港島の三角に突き出た部分は、現在もGoogleマップの航空写真で確認できますので、これで建設基地のおおよその位置が特定できます。さらに、三枝未希は3本の旗を背にして立っていますから、こちらの本編カットと見比べて考察すると、彼女は南向きに立っていたことになります。地図で位置関係を確認します。


未希の立っていた場所(建設基地)をとするなら、ゴジラの出現推定ポイントはの位置となります。
※Googleマップのデフォルトの縮尺は大きいので、ぜひ拡大してご覧ください。

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こちらは泉佐野側のマーブルビーチから関空を望んだ風景です。これがゴジラ目線に近いアングルということになります。

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フィギュアを合成してみました。ゴジラはこのような向きで未希と対峙していたのではないかと思われます。

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ところで、再びこのカットに戻りますが、3本の旗の一番左の旗の後方に見える塔のような建造物は、いったい何だったのでしょうか?

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