ゴジラ60周年ロケ地巡り~1984年版『ゴジラ』②(新宿駅周辺)
前回お伝えした通り、今回は1984年版『ゴジラ』から新宿エリアのロケ地をご紹介していきます。
◆新宿駅東口・スタジオアルタ前
『ゴジラ』(1984)より
まずは、武上官房長官(演:内藤武敏)が記者会見で、ソ連原潜を沈めたのがゴジラであることを明らかにするシーン。TVで報道された映像が映し出されているのは、新宿駅東口前にある「スタジオアルタ」のアルタビジョンです。街頭ビジョンの草分け的存在ですが、1984年当時はモノクロだったようです。
『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)より
ここでいきなり脱線しますが、約10年後の『ガメラ 大怪獣空中決戦』では、日本テレビの永井美奈子アナウンサー(当時)が、ガメラが瀬戸内海に潜伏していることを報じるニュースが映し出されていました。「スタジオアルタ」といえば、昨年放映を終了したフジテレビの長寿番組『森田一義アワー笑っていいとも!』(1982~2014)の公開生放送でお馴染みでした。『ガメラ 大怪獣空中決戦』の製作には日本テレビが参加していますが、アルタビジョンは、どちらかというとフジテレビ系のイメージが強い街頭ビジョンです。
このときはカラーになっていました。当時はPanasonic製の「アストロビジョン」が採用されていたようです。ちなみに、現在はフルハイビジョン仕様の三菱電機製「オーロラビジョン」となっています。なお、本編の画面右下に「①」と書かれた立て看板が見えますが……
はとバスのバス停でした。本編をよく見ると、バスも映っています。
この場所は、JR中央線を襲ったギャオスが、電車を掴んだまま上空を通過するシーンにも出てきます。「巨大な飛行生物はギャオスと確認。現在、新宿から銀座方面上空を移動中。…(中略)投光器を使い、着地を防ぐよう指導されたし」といった自衛隊の通信が緊迫感を煽ります。
『ゴジラ』(1984)より
ここでちょうど間逆の新宿三丁目方面に振り向くと、銀座方面から移動してきたゴジラが新宿に姿を現すポイントとなります。
『ゴジラ』(1954)より
なお、このアングルは第1作『ゴジラ』で、フリゲート艦隊による爆雷攻撃の後、活気を取り戻す東京の街並みとして、一瞬出てきます。本編奥の伊勢丹新宿店と、その右側に見えるフルーツパーラーの「新宿高野」は、現在も健在です。「新宿高野」は、1885年(明治18年)創業の老舗の果物専門店です。
(2014年4月15日・27日、9月14日撮影)
◆歌舞伎町交差点付近
『ゴジラ』(1984)より
ソ連の衛星から核弾頭が発射されたことを受け、人々に避難を呼びかける広報車。靖国通り沿いにある「龍生堂薬局」の新宿店の看板が当時のままです。
『深夜食堂』第三部(2014)より
余談ですが、テレビドラマ『深夜食堂』シリーズのオープニングも、この付近を走る車から同じような視点で撮影されていました。このドラマのおかげで、ロケ地が特定できました(^^)
歌舞伎町交差点を北へ進んだ先に建設中の「新宿東宝ビル」の8階テラスには、2015年4月にほぼ実物大の「ゴジラヘッド」が出現するそうです。
新宿に実物大「ゴジラヘッド」出現!!!
http://godzilla.jp/news/1024/
歌舞伎町ゴジラプロジェクト始動、来春、新宿東宝ビルに「ゴジラヘッド」が出現します
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.992458784101131.1073741914.202981616382189&type=1
なんでも、『ゴジラvsモスラ』(1992)に登場したゴジラをモチーフに製作され、「ホテルグレイスリー新宿」では「ゴジラルーム」も設置されるとのこと。また一つ、新たな聖地が誕生しそうです。
(2015年1月23日撮影)
◆新宿駅西口周辺
『ゴジラ』(1984)より
さて、今度は新宿駅西口のロータリーへ移動しました。ここでは核弾頭の恐怖にさらされて逃げ惑う人々のシーンが撮影されています。現在は、柱が耐震補強されているようです。
全体的にリニューアルされていてちょっと自信がないのですが、路面に書かれた「車」という文字と、左側のスロープの感じがよく似ています。
周辺をくまなく捜索したものの、残念ながら一致するものは見当たりませんでした。
後に『ゴジラvsキングギドラ』(1991)で裏焼き(左右反転)で流用されるこのカットも、同じく今回の調査では撮影ポイントが見つかりませんでした…。
『ULTRAMAN』(2004)より
ここからまた脱線しますが、新宿駅西口は1984年版『ゴジラ』の20年後に製作された『ULTRAMAN』の舞台にもなっています。こちらはネズミを吸収して巨大化したビーズト・ザ・ワンが、地上に現れるシーン。
本編の画面上部に見える案内板は、実際の現場のものとは若干異なります。
こちらは地上の歩道橋からのアングルです。
ザ・ワンを追って地上に現れたウルトラマン・ザ・ネクスト。この作品は、ウルトラシリーズでは珍しく実景との合成が多用され、『ウルトラマン』(1966)第1話での出来事をリアルな世界観でリメイクしています。
『マグマ大使』第47話「電磁波怪獣カニックス新宿に出現」(1967)より
脱線ついでに、『ウルトラマン』と同時期に放映されていた『マグマ大使』から、「小田急百貨店」を襲うカニックス。放映当時の1967年に現在の本館が開業したのを機に、こちらの旧館は別館「ハルク」として新装開店したそうです。
炎上するバスターミナル。
ロータリー周辺に点在する巨大な筒状の建造物は、排気口なのだそうです。こちらの排気口は現在、植物で覆われています。その排気口ごしにカニックスを捉えたアングルを探そうとしたのですが、工事中でした。
排気口をカニックス側から捉えた写真です。右手の建物は1961年竣工の「明治安田生命新宿ビル」。このビルの1階で……
国際緊急出動隊(通称スクランブル)がカニックスを迎え撃ちました。
とても精巧なミニチュアセットです。『マグマ大使』は、この新宿駅西口をはじめ日光二荒山神社や東大寺、国会議事堂など、実在の場所を派手に破壊するシーンがあるのも魅力の一つです。
『マグマ大使パーフェクトブック』(白夜書房1999年刊)によると、それら手掛けた特殊美術監督の入江義夫さんは、東宝で第1作『ゴジラ』などの特殊美術スタッフとして活躍されていた方なのだそうです。
さて、このロータリーの左手に見えるビルは「新宿スバルビル」です。
「新宿スバルビル」は、『マグマ大使』が放映されていた1966年に竣工し、富士重工業が本社を構えていましたが、2014年8月、恵比寿に本社を移転したのを機にその役目を終えました。現在は小田急電鉄に売却され、近々取り壊されるという話もあるようです。
8月15日と16日には、「リアプロジェクションマッピング」がおこなわれ、ビル全面に別れと感謝のメッセージを映し出したとのことです。個人的な話で恐縮ですが、私の愛車もスバルなので、ちょっと感慨深い映像です。
『帰ってきたウルトラマン』第47話「狙われた女」
その「新宿スバルビル」の地下には、『帰ってきたウルトラマン』でフェミゴンが乗り移った丘隊員(演:桂木美加)が寄りかかる「新宿の目」というオブジェがあります。彫刻家・画家の宮下芳子さんによって、1969年に製作されています。
待ち合わせ場所としても有名な「新宿の目」ですが、「新宿スバルビル」とともに取り壊しになってしまうのでしょうか。
『ULTRAMAN』(2004)より
『ゴジラ』…ではなく、再び『ULTRAMAN』へ。ザ・ワンは「新宿スバルビル」前の中央通りを西へ進みます。
それを真横から捉えたアングルです。右手のビルのテナントの空き具合が、10年前との景況感の差を物語っています。現在、奥に見える球体の建物は……
2008年に竣工した「モード学園コクーンタワー」の一部です。非常にSF的なデザインですが、東京モード学園のWebサイトによると、学生が「プロとして羽ばたいていくための繭(まゆ)=COCOON」という意味を込めているそうです。最頂部は203.65mとのことで、ザ・ワン(50m)はおろか、ゴジラ(1984年版『ゴジラ』で80m、『ゴジラvsキングギドラ』では100m)をはるかに凌ぐ高さです。
都庁の方へと向かうザ・ワン。奥の炎上しているビルは、「モード学園コクーンタワー」のはす向かいにある「エステック情報ビル」。右隣は「工学院大学」の新宿キャンパスです。
ザ・ワンの容赦ない攻撃によって、少女の上にビルの上層部が崩落。CGだとは思いますが、秀逸なカットです。
近くで見るとよくわからないのですが、少し離れて見ると「エステック情報ビル」の屋上がカマボコ型であることが分かります。
崩れ落ちるビルを見事にキャッチしたウルトラマン・ザ・ネクスト。現地で中央に見える高層ビルは、1984年版『ゴジラ』にも出てくる「三井住友ビルディング」です。ここでようやくゴジラに戻ったところで、つづきは次回に。主役のゴジラよりも脱線話の方が多いという…(^_^;)
(2013年4月28日、2014年4月15日・27日、2015年1月23日撮影)
※実景にフィギュアを合成したイメージです。
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作品中の映像と今の映像の対比が見事なので、ブログで紹介させていただきました。
特に、マグマ大使は感動です。
投稿: がん治郎 | 2015年2月 4日 (水) 23時46分
84ゴジラの地下への避難シーンの撮影場所は、地下4号街路の現在のS3出入口です。西口地下地下広場から超高層街区への向かう街路の南側歩道を途中で左に折れて、階段を昇って工学院大学の区画の横に出る通路です。
しかし、数年前に街路全体がリニューアルされた際、地上出入口の建屋は総ガラス貼りのものに改築され、階段の内装も変わり、撮影当時とは大きく変貌しています。かなりの土地鑑がない限り発見できない状態です。
ただし、地下構築物の躯体自体は掘り直さずにそのまま使用されていますから、地上出入口の歩道との位置関係、建屋部の歩道占用サイズと階段の幅、地下歩道側から見上げた階段が途中で少し屈曲している様子は、撮影当時とほぼ同じで、現地で照合すれば特定は可能です。また、映画から、建屋の屋根から下がった電照サインで超高層ビル街路・新宿駅西口の表示が読み取れますが、この出入口の位置関係と一致しています。
投稿: あきづき | 2018年1月27日 (土) 17時28分
先のコメントが説明不足気味でしたので補足します。
>後に『ゴジラvsキングギドラ』(1991)で裏焼き(左右反転)で流用されるこのカット
の撮影場所も、4号街路の現S3出入口の階段部分でです。先のコメントで触れた階段の形状はこのカットについてのものです。地下歩道から当時はあった柵越しに望遠で撮るとあのカットになります。
映像作品の常で、地上部の建屋と階段の連続したカットでも撮影場所が同一とは限らないのに、説明が足りず申し訳ありませんてした。
なお、84ゴジラで官房長官がゴジラ東京上陸必至と発表した後の避難の描写で、人々が地下道を走っているカットは、この出入口から地下道に出たあたりの車道寄りから京王プラザホテル側へカメラを向けたものです。
平成に入ってから、車道寄りに動く歩道が設置されて歩行部分の幅が狭くなり、内装も2回リニューアルされたので、現状は撮影当時とは大きく異なっています。
なお、この地下道のシーンは、エキストラさんたちが服装までかぶっていることから、出入口内外や西口地下ロータリーのシーンと同日の撮影です。コスト管理の徹底ぶりがうががえますが、その一方でサイボットゴジラに大金を投じてしまったのが何とも…
投稿: あきづき | 2018年1月27日 (土) 23時27分
あきづき様
地下への避難シーンの有力情報ありがとうございます!
エキストラを動員しての大人数での撮影ですから、混乱を避けるために人通りの多い新宿駅ではなく、少し離れた場所で撮影されていたというのは納得です。「人々が地下道を走っているカット」もどこで撮影されていたんだろうと思っていましたが、それも近場で撮影されていたんですね。近くを何度も通っていたのに、検証不足でした…。
また近々現地を訪れてみたいと思います。
投稿: TAKA | 2018年2月 4日 (日) 04時58分