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2014年7月

2014年7月26日 (土)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラの逆襲』②(大阪城)

前回に引き続き、シリーズ第2作『ゴジラの逆襲』(1955)のロケ地をご紹介します。今回は前半のクライマックスである大阪城です。撮影ポイントは、ロケ地マップに記したA~Kまでの計11か所です。

◆大阪城 大手門①
『ゴジラの逆襲』(1955)より
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まずは、取っ組み合いながら大阪城へとやってくるゴジラとアンギラス。撮影ポイントは【A】。カメラは大手門から千貫櫓(写真右手前)越しに、北側の2大怪獣をとらえています。ゴジラとアンギラスは、中之島から天満橋を経て、大手前方面から大阪城に侵入します。

◆大阪市立博物館①(旧陸軍第四師団司令部庁舎・旧大阪市警視庁)
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ゴジラ対策本部が置かれた大阪市警視庁(本編右)から退避する警官隊。撮影ポイントは【B】です。右側の建物は、現在は閉館となっている大阪市立博物館です。

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もとは陸軍第4師団司令部庁舎で、昭和天皇即位の記念事業として、大阪城天守閣とともに1931年に完成したそうです。戦後、本編と同じく大阪市警視庁(後述)として使用された後、1960年に大阪市立博物館となりましたが、2001年に大阪歴史博物館の開館にともない、閉館。現在に至っています。

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大阪市警視庁は、戦後、旧警察法によって組織された自治体警察ですが、1954年7月から新警察法が施行され、『ゴジラの逆襲』公開当時は大阪市警察本部となっています。本編で活躍する警官が、旭日章(桜の代紋)ではなく、大阪市のマークをあしらった制服を着用しているのはそのためだと思われます。大阪市警察本部は、映画公開後の1955年7月に現在の大阪府警察となっています。

◆大阪城 大手門②
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左側が先ほどの千貫櫓、右側が大手門です。撮影ポイントは【C】

◆大阪市立博物館②
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しゃがみこむ警官隊。撮影ポイントは【D】。左手前の石垣が一致!

◆大阪城 桜門
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撮影ポイントは【E】です。壁の上半分の形状が異なりますが、2大怪獣の位置関係から推測すると、おそらくここで間違いないのではないかと思います。ちなみにカメラ位置をもう少し右へ移動させると……

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2014年7月21日 (月)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラの逆襲』①(中之島・大阪水上警察署・中央突堤)

今回から2回にわたり、シリーズ第2作『ゴジラの逆襲』(1955)のロケ地をご紹介していきます。


『ゴジラの逆襲』は、1954年11月3日公開の第1作『ゴジラ』が大ヒットしたのを受け、それから半年も経たない翌1955年4月24日に公開されました。前作と同じ香山滋の原作で製作された正統な続編で、山根博士(演:志村喬)も登場します。そして、ゴジラが襲撃するのは、我が地元・大阪です。『ゴジラの逆襲』のロケ地は、当ブログではすでに4回ご紹介しています。

特撮ロケ地巡り~大阪編①(中之島~その1)
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/09/post-d839.html

特撮ロケ地巡り~大阪編②(中之島~その2)
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/09/post-d52a.html

特撮ロケ地巡り~大阪編③(中之島~その3)
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/09/post-5488.html

特撮ロケ地巡り~大阪編⑥(ミナミ周辺)
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2014/05/post-ec52.html

おもに、ゴジラが大阪に上陸してからの襲撃ポイントをご紹介してきたわけですが、今回はゴジラの上陸ポイントにスポットを当てたいと思います。

◆大阪水上警察署・中央突堤
『ゴジラの逆襲』(1955)より
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ゴジラ上陸に備え、水上警察署の前に集結する警官隊。本編では「大阪湾水上警察署」とあります。実は、これが現在の「大阪水上警察署」と同一のものなのかどうかは、資料が少なく、確たる自信はありません。

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大阪水上警察署の管轄ならびにその活動内容については、以下の公式Webサイトで詳しく紹介されています。

大阪府警のWebサイト
https://www.police.pref.osaka.jp/04shikumi/ps/126suijo_1.html

大阪水上警察署生活安全刑事課作成のWebサイト
http://www.info.police.pref.osaka.jp/ps/suijo/top.html

後者によると、大阪水上警察署は「明治10年6月本田警察署安治川分署(現在の福島区野田付近)が置かれ、水上警察事務を執ることになり、明治12年12月安治川水上警察署に昇格して、事務のいっさいを取り扱い、以後数度の機構改革を経て昭和33年に大阪水上警察署と改称され、現在に至っています」とあります。『ゴジラの逆襲』が公開されたのは1955年(昭和30年)ですので、「数度の機構改革」の中で「大阪湾水上警察署」となっていた時期があったのかどうかが定かではないのです。

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ゴジラの上陸シーンです。ちょうど大阪水上警察署の正面にある中央突堤を撮影してみたのですが、これも自信がありません。


東宝株式会社出版事業室発行『東宝SF特撮映画シリーズ VOL.3 ゴジラ/ゴジラの逆襲/大怪獣バラン』(1985初版)に掲載されているシナリオを見ると、このシーンは「S#45 大阪湾突堤」となっています。つまり、中央突堤かどうか定かではないためです。ただ、雰囲気は似ていませんか?

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続いて、水上警察署の前に展開する防衛隊のポンポン砲が一斉にゴジラ攻撃を開始する切り返しカット。

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水上警察署と中央突堤の位置関係をパノラマ撮影するとこんな感じです。まあ、これだけ似ている要素が揃っているので、ほぼ間違いはないと思うのですが…。

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ほぼ間違いはないだろうと仮定するならば、ゴジラとアンギラスの闘いも中央突堤で行われたことになります。

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余談ですが、中央突堤を撮影した場所は、大阪水上警察署に隣接する「大阪文化館・天保山(旧サントリーミュージアム[天保山])」なのですが、この建物、何かに似ていませんか?
設計者はかの有名な安藤忠雄さんらしいのですが……

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2014年7月20日 (日)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラ』③(札の辻・国会議事堂・石鏡)

前回前々回に続いて、今回も1954年版『ゴジラ』から。まずは先日、東京へ出張に行ったついでに巡ってきたロケ地をご紹介します。ロケ地といっても、特撮シーンとの比較が多い気もしますが…。

◆札の辻
『ゴジラ』(1954)より
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日本映画専門チャンネル特設ページ『総力特集・ゴジラ』内の1コーナー「ゴジラ進撃マップ」において、「第2回襲撃:ゴジラ、札の辻にて戦車隊と交戦」とあります。そんなシーンあったかなと思って本編を見返してみると、対策本部のシーンで「二一五号車より報告 札の辻警戒陣地は突破され第四九戦車隊は全滅 以後の行動不可能」と、確かに報告が入っていました。


東宝株式会社出版事業室発行『東宝SF特撮映画シリーズ VOL.3 ゴジラ/ゴジラの逆襲/大怪獣バラン』(1985初版)に掲載されているシナリオを見ると、先の対策本部の前のシーンが「S#149 札の辻 京浜国道付近」となっています。

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こちらが現在の札の辻交差点です。対策本部には「芝浦地区の火災は益々火勢猛烈を極め消火の見込ナシ」との報告も入ってきていますので、ゴジラはこの交差点を、芝浦方面から新橋・田町方面へと進んでいったのでしょう。

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交差点にの上に架かる歩道橋から、高さは違いますがゴジラ目線で撮影。本編の戦車隊が、芝公園・霞ヶ関方面からゴジラを攻撃していたのか、新橋・田町方面から攻撃していたのかは定かではありません。

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こちらは新橋・田町方面から撮影。背の高いビルは「住友不動産三田ツインビル西館(ラ・トゥール三田)」です。地上43階、高さ179.30mとのことなので、身長50mの初代ゴジラの約3.5倍。こうやって比べると、初代ゴジラって意外と小さいんですね。

(2014年7月15日撮影)

◆国会議事堂
『ゴジラ』(1954)より
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ところ変わって、大戸島災害陳情団を乗せたバスが国会議事堂前に到着するシーン。現在は道路が舗装され、警察の警備が物々しいです。警察官に職務質問されないか、ドキドキしました。

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ゴジラの国会議事堂破壊シーンは、『ゴジラ』における特撮のファーストカットだったそうです。このカット、つい最近まで議事堂の正面から撮影されたものだと思っていたのですが……

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2014年7月13日 (日)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラ』②(勝鬨橋)

前回に続いて、今回も1954年版『ゴジラ』のロケ地を紹介します。銀座から、晴海通りを築地方面へと歩き、勝鬨橋へとやってきました。


より大きな地図で 勝鬨橋 を表示

◆勝鬨橋
『ゴジラ』(1954)より
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劇中のゴジラは、銀座から日比谷、国会議事堂方面へと進み、TVニュースで報道されているように大東京の中心部を火の海と化し、上野から浅草に向け、隅田川を南下。海上に逃れようとします。その進行ルートから推定して、このカットは河口側から撮影しました(地図上、カメラマークの位置)。


東宝株式会社出版事業室発行『東宝SF特撮映画シリーズ VOL.3 ゴジラ/ゴジラの逆襲/大怪獣バラン』(1985初版)によると、実際、シナリオや絵コンテ(ピクトリアル・スケッチ)には「S#173 勝鬨橋(カメラ河口から河上へ向け)」との記載がありました。

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勝鬨橋は、隅田川の最も河口寄りにある橋で、船舶が航行できるように中央が開閉する跳開橋です。とはいえ、隅田川を航行する船の減少や交通量の増加などによって、1970年11月29日の開閉を最後に、現在では開かずの橋となっています。


『ゴジラ』の特撮美術スタッフだった井上泰幸さんは、キネマ旬報社発行『特撮映画美術監督 井上泰幸』(2012初版)の中で、「跳ね橋の勝鬨橋はゴジラにひっくり返されることになっていたので、橋の裏側まで綿密に作り込む必要があったのですが、実際に橋が開くのは1日に2、3回なもので、その裏側の写真を撮るためにじっと辛抱強く待たなければならなかったんです」と、当時の苦労を語られています。その後、勝鬨橋の図面を、橋を実際に作った橋梁会社から入手することができたそうなのですが、その会社は「錢高組」ではないかと思われます。

錢高組Webサイト「ひらけ跳ね橋【勝鬨橋】」
http://www.zenitaka.co.jp/landscape/kachidoki.html

こちらのサイトでは、勝鬨橋の歴史や橋梁側面図の一部が紹介されています。

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「勝鬨橋」という名前は、築地と月島を結んでいたという「勝鬨の渡し」に由来しています。「勝鬨の渡し」は、日露戦争における旅順陥落祝勝記念として、有志が設置したものなのだそうです。先の錢高組のWebサイトによると、勝鬨橋は「昭和8年6月10日に工事を着手し、資材が不足する中、7年をかけ、昭和15年6月14日に完成」したとあります。

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昭和15年(1940年)は紀元2600年にあたる年で、さまざまな記念行事が執り行われました。その一つとして万国博覧会の開催も計画され、勝鬨橋は、会場として予定されていた月島へのメインゲートの役割を担うはずでした。そのため、日本の技術力を誇示するために、海外の技術者に頼らず、日本人だけで設計施工されたということですが、戦争の激化により、万国博覧会は中止となってしまいました。ゴジラ同様、この橋にも戦争の影が見える気がします。

『妖星ゴラス』(1962)より
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第1作『ゴジラ』から8年後。同じ本多猪四郎監督・円谷英二特技監督のコンビで製作された東宝のSFスペクタクル映画『妖星ゴラス』のクライマックスにも、勝鬨橋は登場します。

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ゴラスの接近によって海水の移動が始まり、逆流する東京湾の水に勝鬨橋がのみ込まれます。周囲の風景はすっかり変わってしまいましたが、橋の傾斜のつき具合などはぴったりです。

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こちらの本編カットでは、橋の右側に東京タワーが見えますが、現地では……

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2014年7月 9日 (水)

ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラ』①(品川・銀座)

今回ご紹介するのは、1954年11月3日に公開された記念すべき第1作『ゴジラ』のロケ地です。

1954年版『ゴジラ』のロケ地は、これまでにもいくつかご紹介してきました。

特撮ロケ地巡り~東京・品川編①(八ツ山橋・品川駅)
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/06/post-1d5a.html

特撮ロケ地巡り~東京・銀座編①(松坂屋・銀座和光)
http://tokusatsu.way-nifty.com/blog/2013/07/post-d179.html

ゴジラ60周年記念第一弾となる今回は、まずその後日譚的なものからご紹介したいと思います。

◆旧松坂屋銀座店跡地
『ゴジラ』(1954)より
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第1作でゴジラに焼かれてしまった「松坂屋銀座店」。以前紹介したときは閉店間近でしたが、今年の3月末に訪れたときには、いよいよ取り壊しが始まっていました。2017年春に完成するという新しい複合商業施設の建設が着々と進んでいます。

◆銀座五丁目付近
『ゴジラvsデストロイア』(1995)より
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ところで、銀座といえばシリーズ第22作『ゴジラvsデストロイア』では、第1作へのオマージュとして銀座和光が再び登場します。この『ゴジラvsデストロイア』で国連G対策センター2代目長官を演じたのが篠田三郎さん。そして、彼が主演した『ウルトラマンタロウ』の最終回は(ちょっと強引?)……

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2014年7月 6日 (日)

ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版

先日、『ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版』を観てきました。

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ゴジラの原点、1954年製作の第1作は何度も観ている作品ですが、劇場で観るのは初めてでした。しかも、4Kデジタルリマスター版は予想以上に綺麗で、今までにない発見がありました。鉄条網が張り巡らされているシーンなど、「このカットも合成だったんだ!」と驚いたマニアックな気づきもさることながら、東宝俳優陣の生き生きとした演技が特に際立って見えた印象があります。何度も観ているはずなのに、不思議な感覚でした。

冒頭の「栄光丸」沈没や「備後丸」遭難の報を受けて、いても立ってもいられず、海上保安庁の職員に詰め寄る乗組員の家族。大戸島で「困ったのぉ、井戸が使えねぇとよ」と困惑する島民。「また疎開か、いやだなあ…」と電車の中で会話する男女。品川駅でゴジラの恐怖におびえる人々。銀座の街で「お父ちゃまのところへ行くのよ」と、うずくまって動かない親子。そして、ゴジラ東京襲撃後の仮設病院内での絶望的な空気感など、本多猪四郎監督のドキュメンタリータッチの演出が冴えわたっています。

それがあるからこそ、原水爆に次ぐ世界の脅威=「オキシジェン・デストロイヤー」を生み出してしまった芹沢博士の苦悩がリアルに受け止められ、「オキシジェンデストロイヤー」そのものも、ゴジラを撃退するために作られた、単なるご都合主義の科学兵器になり下がらなかったのだと思います。改めて、反核と平和への祈りが込められたメッセージ性の強い作品だったことを再確認したのでした。

この『ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版』は、7/8(火)にNHKのBSプレミアムでも放映されるとのことなので、またじっくり鑑賞したいと思います。

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ところで、すでにご存知の方も多いかと思いますが、今回劇場でこんなものが売られていました。

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