ゴジラ60周年ロケ地巡り~『ゴジラ』②(勝鬨橋)
前回に続いて、今回も1954年版『ゴジラ』のロケ地を紹介します。銀座から、晴海通りを築地方面へと歩き、勝鬨橋へとやってきました。
より大きな地図で 勝鬨橋 を表示
◆勝鬨橋
『ゴジラ』(1954)より

劇中のゴジラは、銀座から日比谷、国会議事堂方面へと進み、TVニュースで報道されているように大東京の中心部を火の海と化し、上野から浅草に向け、隅田川を南下。海上に逃れようとします。その進行ルートから推定して、このカットは河口側から撮影しました(地図上、カメラマークの位置)。
東宝株式会社出版事業室発行『東宝SF特撮映画シリーズ VOL.3 ゴジラ/ゴジラの逆襲/大怪獣バラン』(1985初版)によると、実際、シナリオや絵コンテ(ピクトリアル・スケッチ)には「S#173 勝鬨橋(カメラ河口から河上へ向け)」との記載がありました。

勝鬨橋は、隅田川の最も河口寄りにある橋で、船舶が航行できるように中央が開閉する跳開橋です。とはいえ、隅田川を航行する船の減少や交通量の増加などによって、1970年11月29日の開閉を最後に、現在では開かずの橋となっています。
『ゴジラ』の特撮美術スタッフだった井上泰幸さんは、キネマ旬報社発行『特撮映画美術監督 井上泰幸』(2012初版)の中で、「跳ね橋の勝鬨橋はゴジラにひっくり返されることになっていたので、橋の裏側まで綿密に作り込む必要があったのですが、実際に橋が開くのは1日に2、3回なもので、その裏側の写真を撮るためにじっと辛抱強く待たなければならなかったんです」と、当時の苦労を語られています。その後、勝鬨橋の図面を、橋を実際に作った橋梁会社から入手することができたそうなのですが、その会社は「錢高組」ではないかと思われます。
錢高組Webサイト「ひらけ跳ね橋【勝鬨橋】」
http://www.zenitaka.co.jp/landscape/kachidoki.html
こちらのサイトでは、勝鬨橋の歴史や橋梁側面図の一部が紹介されています。


「勝鬨橋」という名前は、築地と月島を結んでいたという「勝鬨の渡し」に由来しています。「勝鬨の渡し」は、日露戦争における旅順陥落祝勝記念として、有志が設置したものなのだそうです。先の錢高組のWebサイトによると、勝鬨橋は「昭和8年6月10日に工事を着手し、資材が不足する中、7年をかけ、昭和15年6月14日に完成」したとあります。

昭和15年(1940年)は紀元2600年にあたる年で、さまざまな記念行事が執り行われました。その一つとして万国博覧会の開催も計画され、勝鬨橋は、会場として予定されていた月島へのメインゲートの役割を担うはずでした。そのため、日本の技術力を誇示するために、海外の技術者に頼らず、日本人だけで設計施工されたということですが、戦争の激化により、万国博覧会は中止となってしまいました。ゴジラ同様、この橋にも戦争の影が見える気がします。
『妖星ゴラス』(1962)より

第1作『ゴジラ』から8年後。同じ本多猪四郎監督・円谷英二特技監督のコンビで製作された東宝のSFスペクタクル映画『妖星ゴラス』のクライマックスにも、勝鬨橋は登場します。


ゴラスの接近によって海水の移動が始まり、逆流する東京湾の水に勝鬨橋がのみ込まれます。周囲の風景はすっかり変わってしまいましたが、橋の傾斜のつき具合などはぴったりです。
『帰ってきたウルトラマン』第1話「怪獣総進撃」(1971)より

円谷英二特技監督亡き後、本多猪四郎監督が円谷プロダクションで手掛けた『帰ってきたウルトラマン』の第1話にも勝鬨橋は登場します。なお、第1話と第2話の特撮は、東宝スタジオで撮影されたそうです。本編中央に、アーチ型の屋根の体育館のような建物が見えますが、先の『妖星ゴラス』の1枚目に紹介した本編カットの右側にも似たような建物が見えます。同じミニチュアでしょうか?


タッコングとザザーン登場。本編右端に東京タワーらしきものが見えます。実際の東京タワーは、橋と汐留の高層ビル群に隠れて見えづらくなっています。


2大怪獣の闘いに巻き込まれ、破壊されてしまう跳開部。『帰ってきたウルトラマン』は1971年の作品なので、この時点ですでに「開かずの橋」になっていたのですね。
「土木学会附属土木図書館」のWebサイトには、勝鬨橋最後の跳開の様子を記録したスライドショー写真が公開されており、何ともいえない哀愁が漂っています。
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/koshashin/kachidoki/index.html
ところで、「ウィキペディア」では勝鬨橋が登場する作品として『日本沈没』(1973)や『地震列島』(1980)が挙げられていましたが、それらは「永代橋」の間違いだと思います。
◆永代橋
ということで、もうすでに『ゴジラ』からは大きく話が逸れまくってはいますが、せっかくなので隅田川沿いを浅草方面へてくてく歩き、永代橋にやってきました。
『日本沈没』(1973)より

さっそく本編との比較です。本編は、中野昭慶特技監督の特徴的な演出で背景がスモークでかすんでおり、永代橋をどの方向から捉えているのかを特定するのは難しいです。これは河口側から浅草方面を撮影したものです。右手前に見える棒状の物体が一致しているように見えますが、これは偶然でしょう(^_^;)

こちらは浅草側から河口方面を撮影したものです。比較するなら、やはり先ほどの写真の方が本編と似ていたでしょうか。本編では、橋の周辺に下町の工場や木造家屋が並んでいました。今では、見渡す限りほとんどが綺麗なビルやマンションに建て変わっています。


大地震で永代橋が傾き、自動車が川に滑り落ちていくシーンです。この一連のシーンは、同じ東宝製作の『地震列島』(1980)にも流用されています。


私が20数年前、高校生のときに大枚をはたいて購入した東宝株式会社出版事業部発行『東宝特撮映画全史』(1983初版)によると、永代橋のミニチュアは半分だけしか作られておらず、橋の傾きは操演スタッフの松本光司さんの手によって表現されたとあります。「倒す時ひねりがある。ひねりはね、人間がやらなきゃできない。機械なんかじゃできないんだ。で、グーッとほんとに持ち上げてね、で、倒す時にゆるめろって。バシャッーと、こう、波が来るでしょ、それに合わせて倒すわけ。それちょっとでも失敗したら大変だったね」とは、松本さんの談。まさに職人芸です。今のCGでも表現は難しいでしょうね。

さて永代橋ですが、その歴史は古く、「深川観光協会」のWebサイトによると、1698年(元禄11年)に上野寛永寺本堂の材木を使い、深川と日本橋を結ぶ橋として架けられたのが最初で、赤穂浪士が討ち入りの帰りに渡った橋としても有名なのだそうです。明治期に入り、1897年(明治30年)に道路橋としては日本初の鉄橋として、鋼鉄製のトラス橋が現在の場所に架け換えられたそうですが、関東大震災の被害を受けました。現在のアーチ型の橋は、1926年(大正15年)に震災復興事業の第一弾として再架橋されたものです。その橋が『日本沈没』で再び壊れてしまうのは、何とも皮肉な話です。
永代橋は、同じ隅田川に架かる清洲橋と、先述の『ゴジラ』が破壊した勝鬨橋ととともに、2007年に国の重要文化財に指定されています。
(2014年3月30日撮影)
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